昨年、半年以上かかってやっと読み終えた。中国では随分有名な小説らしい。
数年前友人のjingに「何かいい本ない?」と聞いて教えてもらったうちの一冊だ。が、実はその時に中文書専門書店をのぞいて見つからなかったので、ネット検索したら、関連サイト数は百万以上。そのアタマには全文を掲載してある「书吧」とか「阅读网」といったような読書サイトがごろごろ。 白状すると、僕も最初はそれらのサイトからダウンロードして入手したXD※。だが、あまりの長さ(なんでも全部で百万字とか。テキストファイルだけで2MB@@;)に怖じ気づき、「そのうち読もう…」とPCに置きっぱなしにしていたものだった。 (※でも後々読み返したいと思い、読了後ちゃんと書店で探して購入した。全三巻、4,039円也。) で、去年の春ごろ急に思い立ち、読んでみたらこれがなかなかオモシロイ。 僕は、中国や中国語に興味を持ち始めた当初、張戎の「ワイルド・スワン《鸿》」を読んで文化大革命という出来事のフンイキを何となく知った。だがその後の中国のイメージは、いきなり「改革開放」や「6/4」などを経て現在に至る…になっており、その間の情報がすっぽりと抜け落ちていた。その空白をちょうど埋めてくれた感じなのである。 舞台は1975年から1982年まで、つまり文革終末期から改革開放前夜にかけての、中国山西省のある農村、およびその地区のいくつかの街や都市。当時の中国社会特有の状況下で巻き起こる深刻な事件や哭笑不得な出来事に、主人公やその家族、親戚、クラスメート、村の幹部などが翻弄されつつ、それぞれの立場で時代にもまれて行く、という、大河ドラマにでもしたくなるような内容だ。 中文版ウィキペディアによると、2003〜04年の大学生に対するアンケートで「自分に最も影響を与えた本」の第一位に輝いたとか。もちろん、ブログや掲示板で触れたり引用している人も多い。 小説は三部構成、それぞれ五十数章から成る。その四、五章目まで読み進めると、「平凡な世界」という一見つまんなそうなタイトルの意味する所が分かってきて慄然とする。「こんなとんでもねえことが、30年前の中国では"平凡"だったのね」ということだ。 もちろんこれは小説であってドキュメンタリーではない。舞台となるのも架空の街や村であり、描かれる様々な出来事は実際に起こったわけではないだろう。しかしウィキペディアには「以現實主義的手法描寫了20世紀70年代中到80年代中期中國北方農村的生活和變遷。」(1970年代中頃から80年代中頃にいたる中国北部の農村の生活と変遷をリアリズムの手法によって描いた)と解説されていることから、場面や人物の気質や行動が、いかにもこの時代の中国の農村及び地方都市にありがちなもの、と理解してもいいのだろう。 描かれる状況は大変だが、人気小説だけあって、文章は読みやすい。情景や心理描写もベタと言っていいほど分かりやすく、いくつか分かんない単語があっても話に置いてかれることはない。今後の展開に気を揉みつつ、とりあえず安心してワクワクと読み進んでいける。その中に、当時の社会状況やいくつかの典型的な人間像、そしてその地の自然風土や民俗などがかなり細かに描写される。二十四節気や植物の様子などが頻繁に出てくるので、季節に敏感な人は頭の中に風景を描きながら楽しく読めるだろう。それから、結婚式に葬式、収穫祭など、地方の風俗習慣もいろいろ盛り込まれている。そう言えば、この地方では黄土高原の斜面に洞穴を掘って住まいとしている( 窑洞というそうだ)ことを、この小説で初めて知った。 主人公やその家族の運命に気を揉みながら読み進めるうちに、改革開放の始まりである戸別の責任生産制が解禁されてから、少しずつ希望の光みたいなものが混じり始める。農村を出て建設現場や炭坑で労働に従事する層の姿も描かれる。そのへんの下りに散見されるのは、「自分たちは今、中国の発展と変化を背負っている!」という登場人物たちの強烈な気負いだ。この頃は多くの人が、自分の発展と国の発展を一体視していたのだなあ、と思わせる。想像だが、日本の高度成長期もこんな感じだったのかも知れない。中には、党幹部の夫を持ちながら、自らの文学的素養に共鳴した詩人と不倫してしまう女性というのも出てきて、夫にばれた時に彼女が吐いた「私の苦しみは現代中国の苦しみでもあるの!」というセリフには、ちょっとついてけないものを感じたが(^_^;) 陕西陕北地方の方言がいろいろ出てくるのもこの小説の特徴である。でかい辞書にも載ってない言葉がいくつもあった。たとえば「跹蹴」(繁体字で「躚蹴」)。何度も出てくるので、前後関係からどうやら「しゃがむ」とか「腰を下ろす」ということらしいとわかったが、この単語を百度で検索してみても、この小説以外の用例が全然出てこない。本当に使われている言葉なんだろうか。さては架空の方言?(笑) そのほか、住居内の設備や個所の名前だったりすると、お手上げで読み飛ばすしかない。ベストセラーとは言え、その辺に困った読者も多かったんだろう、後で買った最新版の本には、その辺の方言の解釈が脚注でついていたりした。 とまあ、いろいろな面で興味深い小説だが、読了後に一番感じたのは、「俺も長い本を読めるようになったなあ」だった(笑)。でもそれは偏に作者の力量によるわけで、考えてみれば、あんな長いもの、読みやすくて面白くなければ今どき売れるわけがない…この辺は日本も中国も一緒かな。この小説は「茅盾文学奨」という文学賞の受賞作品だそうで、同じ賞をとった張潔の《沉重的翅膀》も数年前に読んだが、かなり熱中できた。今後しばらくこの辺を攻めて見るのもいいかもしれない。 《平凡的世界--茅盾文学奨獲奨作品全集》人民文学出版社2005年刊
by uedadaj
| 2008-03-11 18:46
| 極楽
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