わらべ

友人のブログで拾ったネタからひとつ。



小白氏のブログは、知的趣味人がたくさん立ち寄る所で、コメントが意外な展開を見せることがあって油断ならない。こないだは、頭がぼっとしていて「ソウルミュージック」を一瞬韓流popsかと思ってしまった…という話を発端に、言葉の読み違いやソラミミネタ、果ては漢字クイズまで飛び出す雑学エンターテイメント空間が生まれていた。

その中でT.Fujimotoさんが触れたのが、シューベルトの「野ばら」の中国語詞の一節。その最初の部分をソラミミった爆笑ソングを披露しておられたのだが(具体的な内容は披露の現場でどうぞ)、僕としてはネタのおかしさの他に、中国ではあの歌が幼稚園のお遊戯になるほどポピュラーだということとか、中国語の歌詞そのものにも興味を引かれた。

さてその中国版だが、「わらべは見たり 野なかのバ〜ラ」の部分はこういう歌詞だそうだ。

男 孩 看 見 野 玫 瑰 荒 地 上 的 野 玫 瑰

んっ?
…と思ったのは、詞を見て頭に浮かぶイメージが、日本語版を聞いた時と微妙に違っていたからだ。つまり、

「野ばらを見たのは"男孩(男の子)"だった」ということ。

少なくとも僕の感覚では、こういったクラシカルな詩の世界で「男の子が野ばらの花を飽きることなく眺める」様子が、自然なイメージとして描けない。きれいな花に見とれて手を伸ばしたりするのは女の子か、まだ性別が問題にならない小さな子供のようなイメージがある。

でも「わらべ」という単語が「男の子」を指すのなら、単に僕の知識&認識不足ということになる。とりあえず国語辞典で意味を確認してみよう。

わらべ【童】
[「わらわべ」の転じた「わらんべ」の撥音「ん」の無表記]
①子供。小さい子。「里の---」
②子供の召し使い。わらわべ。

んー。特に性別を確定できる記述は見当たらない。だがこれは現代の国語辞典だ。今でこそ男女の区別なく用いられるが、古くは男女どちらかにしか使わなかった言葉もある。日本語詞は近藤朔風という人が明治年間に書いたものだそうだが、その頃の「わらべ」は、果たして男の子をイメージさせる言葉だったのだろうか。

だが、そんな中途半端に昔のことを調べる資料は手元にない。ので、古語辞典を引いてみた。
(講談社学術文庫版、各内容のうち用例は略)

わらべ【童】(名)[「わらはべ」の略]
①「わらはべ①」と同じ。
②年若い自分のをけんそんしていう語。

何だか「わらはべ」という言葉も出て来た。ついでに確認しておこう。

わらは-べ【童部】(名)
①[本来は複数だが単数にもいう]子どもたち。子ども。
②召使をしている子どもたち。
③「殿上童(てんじゃうわらは)」のこと。
④「わらは③」と同じ。

今度は「わらは」ですか。導かれるままにページを引く。

わらは【童】(名)
①元服以前の子ども。三歳から十六歳頃までの子ども。
②召使をしている子ども。
③[「五節(ごせち)の童」の略]五節の舞姫に付き従う少女

3つの項目の中に「妻」「少女」と、2度も女性が出て来た。考えてみれば、「わらべ歌」の中に女の子が遊ぶための手まり歌があったりするし、どうやら「わらべ」という言葉はもともと男女の区別がないと考えてよさそうだ。

さて、そうすると原詩ではちゃんと「男の子」なのかどうか確かめる必要がある。ゲーテが書いたという原詩のテキストはすぐに見つかった。

Sah ein Knab' ein Röslein stehn  Röslein auf der Heiden
わ  ら  べ  は  み〜た〜り     の な  か  の ば〜 ら

ドイツ語はまったくわからないが、会社にドイツ語の辞書があるので調べてみる。
(三省堂『コンサイス独和辞典』第5版)

Sah:sehen(見る、英語のsee)の過去1・3人称単数。
ein:不定冠詞(英語のa)の男性形1格
Knab':Knabe(男児、少年、若者、英語のknave)の省略形?
ein:(二つ上のeinと同じ)
Röslein:小さなバラ
stehn:えーと、よくわかんないが stehen(英語のstand)の何らかの活用形らしい。
   「ある」とか「咲いている」ということだと思う。

…習ったことのない言葉を調べるのは大変だ。ここまでわかるのに随分かかった。

どうでもいいが、やはり日本語は歌にすると速度がのろい。「♪わ・ら・べ」と歌う間にドイツ語では「わらべは見たり」の一文が終わっている。ちなみに中国語版は「♪わらべは見」までで、2歩遅れという感じ。

それはともかく、この2つの句に関する限り、中国語版はそうとう忠実に訳してあるようだ。やはり、野ばらを見たのは元々「男の子」であるらしい。ドイツ語で「子供」を表すのは「Kind」という一般的な言葉があるようで(そう言えば幼稚園を英語でkindergartenといいますね)、性別が問題にならない程度のお子ちゃまなら、こっちの方を使うんじゃないか。

しかもどうやらこのKnabeは、「わらべ」よりもいくらか年上のイメージがあるようだ。上記のドイツ語辞典の記述にあったように、英語にも同語源で「knave」という言葉があるが、英和辞典を見るとその原型は「cnafa(少年、若い下男)」で、意味は「(古)悪漢、ごろつき/(トランプ)ジャック」ときた。わはは。

そもそもこの詩の背景には、ゲーテが若い頃に別れた(捨てた?)女性の思い出がある、という話を検索中に見つけた。そう言えば二番、三番のくだりは、バラの抵抗も顧みず少年はバラを折って持って行ってしまい、あ〜あ、という感じだもんね。

英語版はどうなっているんだろう?調べてみたら、見つけるページごとに訳が違う。とりあえず見つけた訳詞の中から、最初の2句だけを並べてみる。

[The Wild Rose of the Meadow]
A young boy saw a budding rose,
Wild rose bud of the meadow.

[Heather Rose]
A boy saw a rose,
A rose on the heather,

[Rose blossom on the heath]
Passing lad a rose blossom spied,
Blossom on the heath growing,

[ROSEBUD IN THE HEATHER]
Urchin saw a rose - a dear
Rosebud in the heather.

原詩のリズムを無視したものもあり、タイトルもいろんなバージョンがある。どうやら決定版はないようで、歌としてもそれほど知られていないのかもしれない。

太線で示したのが「Knab'」の訳語と思われる部分だが、いろいろあって面白い。
「young boy」「boy」はわかるとして、
「lad」=[略式]少年、若者/[英略式]やつ、(元気のいい)男、ごろつき
「urchin」=[やや古]わんぱく坊主、悪がき、浮浪児
わはは。どんなイメージだ。

こうなってくると、訳者の近藤さんはやはり、日本の文化背景に合わせて、あえて「性別を限定しない小さめの子供」のイメージで訳したと考えた方がいいかもしれない。日本の古語にも「をのこご」などという言い方がなくはないが、

をのこご見たり 野なかの薔薇

だと何だか気持ちの悪い世界になってしまう。気持ち悪くない例を考えると『キャンディ・キャンディ』のアンソニーや『秘密の花園』のコリン坊っちゃんなどを思いつくが、残念ながら二人ともイギリス人だ(笑)。

まあそれはともかく、中国では「男 孩 看 見〜」という歌詞の世界は違和感がないのだろうか。原詩では3音節目にサラリと「Knab'...」で済ませているが、中国語ではいきなり「男・孩!」で始まるというこのインパクトの強さ。やっぱり、女の子が見とれて思わず手折って持って行くという話のほうが、引っかかりがなくさらりと聞けるんじゃないか、というのは偏見でしょうかね。
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by uedadaj | 2007-07-12 18:27 |


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