空港の保安検査所で検査を終えた手荷物を受け取る時、すぐ後の人が僕より早く荷物をまとめて立ち去ろうとしたところ、検査員が彼を呼び止めた。その言い回しが興味深い。
「携帯、ご一緒ですか?」 見ると、いま流れてきたらしいカゴに赤いガラケーが入っている。その人は「あ、はい」と言って持ち去った。 携帯を擬人化しているような、あるいは人が携帯の付属物であるような変な表現だが、なるほどギリギリ通じる。だがわざとそう言ったのか、それとも慌ててとっさに出た表現か。 気になってあれこれ考えるうち、実はあの状況を踏まえればかなり合理的な言い方じゃないかと思えてきた。 まず、この場の言い方の正解候補に上がりそうなのが、 A「あなたの携帯ですか?」 A2「携帯、あなたのですか?」 あたりではなかろうか。立ち去ろうとする相手にまず「携帯」のことを気づかせるなら、A2の方がより適切だろう。だが、実際にこの言い方をする人は極めて少ないと思われる。一番の理由が、「あなた」だ。 「あなた」は最も基本的な語彙でありながら、日本語においては扱いがめんどくさい。 ・よほど親しい間柄のような語感 もしくは ・指差して詰問するような語感 が出てしまうのだ。だから、実際には多くの人が「あなた」を無意識に避け、相手の名前や「お客様」を代名詞的に使ったり、または全く省略したりする。 この不文律に従えば、この場合はこんな感じになる。 B「携帯、お忘れじゃありませんか?」 C「携帯、お客様のですか?」 違和感はないが、いずれも長い。具体的に言えば、「ご一緒ですか」は6音節半だが、「お忘れじゃありませんか」は11音節、「お客様のですか」は8音節半ぐらい。(促音や母音が省略気味になる音節を半分と数えた) 2音節の差ぐらい大丈夫だろ、と言いたいが、それだけ時間があれば人は1歩踏み出せる。保安員との顔の距離が50cmだったとして、その一瞬で1m50くらいになり、発したメッセージが他人事になってしまうかもしれない。 Bの後半は「お忘れでは?」まで短くできる。映画の字幕翻訳に良くある言い方だが、とっさの話し言葉としては不完全だ。明確な疑問の口調にしないと、意味が取りにくいフレーズになるだろう。俳優だったら「では」のあたりを適切な抑揚で言えるかもしれないが、一般の日本語話者にそんな技術はない。 などの判断を瞬時に行なった末に検査員が選んだ言い回しが「ご一緒ですか?」だったのではないだろうか。むしろ、あえて違和感のある言い方をして「え?」と相手の注意を引く意図さえあったかもしれない。 さらに深読みすれば、彼一人のとっさの機転に過ぎないのかどうか。もしかすると、「こんな場合に瞬時に・確実に伝える」言い方として、検査員のノウハウの一つになっているかもしれない。 なんてことを考えたりメモしたりしていると、出発までの20分やそこら、あっという間につぶれるのである。
by uedadaj
| 2018-11-25 17:46
| 語
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