(台湾《2535雜誌》2009年3月号掲載--掲載文は繁体中文)
渋谷は「谷」と言うだけあって、いくつかの下り坂の底を成す形になっている。その坂の一つに「金王坂(こんのうざか)」というのがある。近くに金王八幡宮という神社があることからわかるように、かなり古い歴史を持つらしい地名である。この周辺も以前は「渋谷金王町」と呼ばれていたそうだ。 金王坂は短いが、道玄坂と違って道幅が広いので、歩道橋が3つも設置されている。それぞれの歩道橋は側面に「金王坂」と銘記してあるのだが、昔からこの「金王坂」の字に、たびたび奇妙な加工がなされてきた。「王」の字に点を加えて、「玉」に見えるようにしてあるのだ。つまり、金玉坂。 中国語においては「金玉」というと財宝のことであり、却って縁起が良いことになるが、日本語で金玉と書けば読みは(きんたま)であり、つまり...「睾丸」の意味となる。たった一つ点を加えるおかげで、由緒ある地名がとんでもないことになるわけだ。 要はくだらない落書きに過ぎないのだが、これをやるヤツの根性というか根気強さは舌を巻くものがあった。そもそも、地上10mはあろうかという歩道橋の外側の側面である。橋の上から格子をくぐって身を乗り出し、手を下の方に伸ばして、「王」の字の右下に狙いを澄まし、長い刷毛をべちゃっと叩き付けるようなことをしないと、ああいった位置に落書きはできない。ある程度の身長と度胸、それから作業の正確さも要求される。いたずら小僧の気まぐれではなく、大人がそれなりの準備をしてやったと考えるのが適当だろう。 僕はむかし渋谷に勤めており、同僚からこの話を聞いて見に行った。ある時は黒々と点が書かれており、ある時はキレイに消されていた。歩道橋ごとペンキが塗り替えられていることもあった。だがこのように。地元の管理当局がいくら消しても、程なく新たな点が書き足されていた。このイタチごっこは少なくとも 何年かの間続いていたから、下手人は一人とも考えにくい。いろんな人物がどうしても「金王坂」を「金玉坂」にしたくて、何年も苦闘を続けて来たことになる。 その後勤め先は原宿に移り、金王坂に行く機会もめっきりなくなったが、最近ふと思い出し、様子を見に行ってみた。 結論から言うと、もはやどの歩道橋も修正されていなかった。そればかりか、あそこまで手が伸ばせないように、かなり厳重なガードがしてあった。通路の側面にアクリルの板を張り巡らせたり、格子の間隔をものすごく狭くしたり、「金王坂」の字をかなり下の方にレイアウトしたり。とにかく、挑戦する気も起こらないような構造になっているのだ。 そりゃあ、街の景観を維持する関係者にしてみれば、自らの職務に忠実に、一部の心ないイタズラを未然に防いだだけであり、その姿勢は責められるものではないが、やはりちょっとした喪失感は拭えない。 3つの歩道橋を確かめた後、坂を下り始める。...おや。坂の途中に黒御影石のちょっと立派な道標がある。側面には、「金王」という地名の保存に貢献した人々を讃える文言などが書いてあるが、待てよ。ここなら点を付けるのは簡単じゃないか。もしかすると... ああ。あった。 塗料でやったのか、噛んだチューインガムをくっつけたのかよくわからないが、明らかに「正しい位置」につけた点がある。うっすらとしているから、町内会の人に剥がされた跡なのかも知れないが。 でも僕は、それでもう満足だった。とにかく、戦いはまだ続いているらしい。 (中文版はこちら)
by uedadaj
| 2009-03-26 11:34
| 散歩
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