アマミノクロウサギ

それまで信じ込んでいた事がある日突然疑わしくなる、情報氾濫社会の落とし穴…なんちて。



11月中旬のことだが、奄美大島で、特別天然記念物であるアマミノクロウサギが犬に襲われて大量死するという事件が起こった。僕は出勤前、NHKの朝のニュースでこれを聞いたのだが、「ひでえな」と眉をひそめながらも、事件とは別のことが気になった。

アナウンサーが、「アマミ・ノクロウサギ」と言ったように聞こえたのだ。

とっさのことで、しかもその語は一回しか出てこなかったので聞き違いかもしれないが、そう言えば、アマミノクロウサギなる名詞の「漢字表記」を一度も見たことがない。当然「奄美の黒兎」だろうと思って気にもしていなかったわけだが、本当に僕が聞いたような発音(というか語の切り方)だったとすれば、「奄美黒兎」と表記する可能性がある。

似たような言葉で「いなばの白ウサギ」という例はあるが、これは「源義経(みなもとのよしつね)」とか「平清盛(たいらのきよもり)」などと同じ固有名詞であり、「の」は所属を表す格助詞だ。まあ、義経も野生動物扱いして「ミナモト・ノヨシツネ」でもいいが…などと下らないことを考えながら、まずウィキペディアを見ると…

アマミノクロウサギ(奄美野黒兎)は、奄美諸島の奄美大島と徳之島だけに生息する、ウサギ科 アマミノクロウサギ属の動物である。(以下略)

なんと。
さらに、googleで「奄美野黒兎」を検索してみると、いくつかのサイトで

アマミノクロウサギを漢字化すると「奄美野黒兎」であって、“奄美の黒兎”ではない。

というように断言してあるくだりが見つかった。

そう言われてみると、動物の種の名称で、原産地名の後ろに格助詞「の」がつく例を思いつかない。
「イセエビ」
「ヒゴショウブ」
「ミシマオコゼ」
「アサクサノリ」(え、これって商品名じゃなかったの??)
もっと通りのいい例がありそうだが(汗)、これらはわざわざ「伊勢の」「肥後の」「三島の」「浅草の」とは言っていない(実は「浅草の利」だったりしてXD)

現在地球に生きている唯一の野生馬を「モウコノウマ」というらしいが、漢字で書くと「蒙古の馬」じゃなく「蒙古野馬」だそうで。(「ノウマ」というのも何だか間抜けだが)…あ、「ニホンノウサギ」というのもいた。これも「日本の兎」ではない(笑)

つまりアマミノクロウサギもそのクチだったのか。知りませんでした。ひとつ利口になりました。

…で済まそうと思ったが、どう〜も引っかかる。というのも、「奄美野黒兎」でヒットする件数があまりに少ないのだ。googleでは2,180件と出たが、重複などを除くとわずか21件(2007年12月調べ)。そして、「"奄美の〜"ではない」と断言してあるサイトを見ても典拠が見当たらない。ここは一つ、ネットばかり巡ってないで印刷媒体にもあたってみるか。

というわけで、手元の電子辞書や本棚の広辞苑をはじめ、本屋の立ち読みなどでいくつもの国語辞典を当たってみたが、僕が見た限りでは「野」表記の印刷物は見つからなかった。すべて「奄美の黒兎」もしくは「奄美黒兎」という表記をしているのだ。
(奄美黒兎、という表記はますます「源義経」に近くてちょっとニヤニヤしてしまう。)

だがこの場合、まだ安心はできない。国語辞典は「動物の専門書」ではないからだ。聞けばいくつかの国語辞典は他の「権威ある」辞典をそのまま引き写して編集したものもあるという。その「権威ある」1〜2冊が国語学者の観点だけで「奄美の」と書いてしまい、それがコピー&ペーストで無思慮に広まったのかも知れないじゃないか。

ここはひとつ、専門書にも当たってみなければ。いくつかの動物図鑑に「奄美"野"黒兎」と載っていれば、それがまあ、正しいと言えるのだろう。

というわけで、さらに図書館や書店の図鑑コーナーへ足を運んで漢字表記探しを行ったが、これが意外と苦労した。図鑑ってヤツはなぜか種の名称をカタカナで書くことになっていて、漢字表記も併記してあるものは多くないのだ。これも日本語特有の不便さと言える。まあそれでも、いくつかの例を拾うことができた。

その結果。

●山と渓谷社「ヤマケイポケットガイド」→奄美黒兎
●学研「フィールドベスト」        〃
●平凡社「日本動物大百科」        〃
●保育社「エコロン自然シリーズ」   →奄美の黒兎

全滅である。

ちなみに四番目に挙げた保育社の図鑑は「元上野動物園長著」だそうで、その図鑑に採用された表記が「間違いである」とはやはり考えにくい。そんなわけで、今のところ印刷物上には「奄美野黒兎」は見つからず、やはり「奄美の黒兎」が優勢である。

ところで、調べるうちにもう一つわかったことがある。

実は英語の場合、
「ウサギ」 =「rabbit」
「ノウサギ」=「hare」  
と、全然別の単語になっている。で、アマミノクロウサギは「Amami rabbit」だそうだ。英語の世界では、アマミノクロウサギは「ノウサギ」ではなく「ウサギ」に分類されているのだ。

もっとも、hareの定義は

「rabbit よりも大きく、耳と後脚が長い;野や畑に住み、穴居性はない;」云々
(ジーニアス英和大辞典 電子辞書版)

とある。ウィキペディアによれば、アマミノクロウサギは「耳が短く」「後足も短い」それから「巣穴に住む」から、ことごとくhareの定義に当てはまらない。

結局、どうなんだ。アマミノクロウサギはやはり「黒い野ウサギ」じゃないってことか。ならばウィキペディアをはじめ、「"奄美の黒兎"ではなく"奄美野黒兎"だ」と書いてあるいくつかのサイトは、一体何を参照したのだろう。

僕の調査はここで止まった。

埒があかないので、思い切ってNHKのHPで質問することにした。半年ばかり前、「湾岸の登り龍」という言葉について質問した時にレスポンスが非常に早かったので、結構気に入ったのだ(でも相変わらず、あの言葉が実際に使われている気配はないねXD)。夕方質問を送ったら、翌朝返事が来た。

<以下、返信内容を引用>

いつもNHKの番組やニュースをご覧いただき、ありがとうございます。
早速ですが、お問い合わせの件についてご連絡いたします。

鹿児島県奄美大島での大量死がニュースになった国の特別天然記念物
「アマミノクロウサギ」の読み方(区切り方)は、

○ ①「アマミ/ノ/クロウサギ」
× ②「アマミ/ノクロウサギ」

に統一しています。理由としましては、

・環境省の担当部署や地元の関係者に確認したところ、
 慣用的に①を用いています。

・「ノクロウサギ」という種は存在せず、
 ウサギ科アマミノクロウサギ属には、
 アマミノクロウサギ1種しか存在しません。

ただし、

・専門家の一部には「野ウサギの黒いもの」として
 「ノクロウサギ」で区切る方もいらっしゃいます。

・『アマミノクロウサギ』が『奄美にいる黒いウサギ』ではなく、
 『野ウサギの黒いもの』であることは承知しています。

以上、ご参考になれば幸いです。

今後とも、NHKをご支援いただけますようお願いいたします。
お便りありがとうございました。

NHK視聴者コールセンター

<引用終わり>

なるほど。つまり、僕の聞き違いかアナウンサー氏の間違いかはわからないが、やっぱり「奄美の黒兎」が主流なのだ。(辞典や図鑑の編集者の方々、疑ってすみませんでしたm(_ _)m)

ちょっと気が抜けたが「ノクロウサギ」の解釈も専門的にはあり得る、ということがわかっただけでも収穫としよう。アンテナを張っていれば、原典もいつかわかるだろう。

…それにしても、『野ウサギの黒いもの』っちゅう言い方も何だかな。
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by uedadaj | 2007-12-19 12:00 |


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