中国語ブログで「格差」という言葉のことをあれこれ書くうち、「格」という字が少々気になった。
発端は「格差」の中国語を調べたことだ。講談社の日中辞典の記載はこうなっていた。 かくさ【格差】[种,些]差别 chābié;差距 chājù んーーーー・・そうなんですか。ぱっと見、この訳語だと「格の差」まで行かず、単に「違い」や「差」で済みそうな気もしなくはない。使用例を見てみると、 城乡差别 「都市と農村の格差」 缩小差别 「格差を縮める」 贫富差距不断拉大 「貧富の格差が拡大しつつある」 など、一応それらしき日本語訳が載っている。が、いまいちしっくりこない。 中国ご当地の権威ある中中辞典《现代汉语词典》を見ると、 【差别】形式或内容上的不同 (形式や内容上の違い) 【差距】事物之间的差别程度,也指距离某种标准的差别程度 (物事の間の違いの大きさ、ある基準からの隔たりの大きさ) どうも、「格差」という言葉が持つ「レベルや身分の差」とか、そこから生まれる「優越感・劣等感」の匂いが伝わってこない。贫富差距、城乡差别と言えばああ、経済格差や地域格差のことねとわかるが、これは「貧富」「城郷」の部分が「レベルの差」を表現しているからだ。問題は、そうした数々の格差をひっくるめて「格差社会」という場合だ。たとえば「差别社会」「差距社会」という言葉で、「格差社会」という言葉が帯びた一種の隔絶感、行き詰まり感が充分表現できるのだろうか。 別に辞書の記述にケチをつけてるわけではない。間抜けなことを白状するが、僕は最初、中国語でも「格差」そのままで使っているんじゃないかと思っていた。なぜならカクは音読みだからだ。「格の差」といえばあっさりわかってもらえるだろうと。だがどうやら中国語の「格」という字には、日本語の主要な意味である「位、身分、等級」という意味がないらしいのだ。日中辞典には かく【格】 1(地位)地位 dìwèi;身分 shēnfēn.(等級)级别 jíbié;等级 dĕngjí;规范 guīfàn;格式 géshì. 2[言語]格 gé. とある。つまり日本語の「格が違うぜ」のカクは、格の字を含んだ中国語では表せないらしい。 (1の「格式」はフォーマットのことで、2の「格」は文法用語だから、今問題にしている「格」とは関係がない) ならば、中国語の「格」の字にはどんな意味があるのか。同じ講談社の中日辞典によると、 【格1】gé ①[名](〜儿)(格子形の)罫(けい).ます.枠. ②[書]制限する.阻む. 【格2】gé ①標準.基準. ②資質.風格.態度. ③[名]〈語〉格. 【格3】gé 格闘する. この中では【格2】の標準、基準、資質などが日本語の「合格!」という言葉と近いが、「格が違うぜ」の格とはいまいち結びつかない。同じ漢字なのに、この差はどこから出てきたのだろうか。 ここで僕の目を引いたのが、【格1】の格子形うんぬんという意味だ。そう言えば「格子」という言葉は日中共通だった。中国語の文書などに「填写下面表格」(下の表にご記入ください)という文がよく見られるが、この格は「格子」の意味だったのか。 共通項が見つかったところで、この際ちょっと脇道にそれて、日中両言語の「格子」の意味を確認してみる。先ほど見た《现代汉语词典》では… 【格子】隔成的方形空栏或框子: (仕切り分けられた四角形の空欄または枠) ほお、面白い。 「空欄」の方を先に書いてあるじゃないか。つまり中国語の「格子」はどちらかと言えば、縦横の線によってつくられる「四角形の内側」を意味しているのではあるまいか。だとすれば、日本語の意味とは微妙に違ってきそうだ。 ここで、僕自身の「格子」に対する理解が間違っているといけないので、一応国語辞典を見ておく(三省堂 スーパー大辞林)。 【格子】①細い角材や竹などをたてよこにすき間をあけて組んだもの。 また、転じて碁盤の目状になっているもの。 ②「格子縞(じま)」の略。 (→【格子縞】縦縞と横縞を組み合わせた模様。チェック。格子。) ③[物]ア「結晶(けっしょう)格子」のこと。イ「回折(かいせつ)格子」のこと。 ④[電]グリッドに同じ。 ⑤寝殿造りの建具の一。「蔀(しとみ)」に同じ。(文例略) ⑥[表通りに面した格子をはめた部屋で、客を待ったところから] 遊女。また、その位。吉原では太夫(たゆう)の次の位。格子女郎。 (文例略) やたら長い説明だが、③以降はどうでもいいXD。ともあれ、日本語の「格子」は縦横の平行線による「縞模様」を指すと考えて良さそうだ。つまり ♪格子戸を くぐり抜け 見上げる夕焼けの空に ---小柳ルミ子『わたしの城下町』(1971--古い) のあの「格子戸」のイメージだ。 だがこれはあくまで辞書の記載を元にした推測で、もうちょっと具体的に2つの「格子」のイメージを確かめられないだろうか。…というところで、いい方法を思いついた。日本と中国の検索エンジンで「格子」を画像検索してみれば、この言葉のイメージの違いがはっきりするんじゃないだろうか。 さっそくGoogle日本で「格子」を調べた。 うんうん。やはり古式豊かな格子戸や、最近の住宅の窓格子のサンプルなんかが出て来る出て来る。たまには謎の分子構造図なども混じっているが(笑)、ほぼ予想通りだ。 じゃあ中国語の「格子」はどうだ。百度のイメージ検索で検索をかけた結果がこれ。…なんだかアパレル関係のページが多いな。そうか、中国語では「チェック柄」が「格子」の主な意味か。勉強にはなったが、僕の知りたいこととは少々ずれている。 だったらいっそ「格子戸」でやってみるか。幸い日中辞典に「格子戸」の訳語「格子门」が載っていたので、さっきのように百度で調べてみた。日本の格子戸と同じような画像もあるが、たとえばこのような、四角形を重ねたような図案の戸も出て来る。そればかりか、リビングの入り口などにありがちなこんなドアまで。これなどは日本語の「格子」から完全にはずれている。 この結果を見て、僕は考えた。 手元の漢和辞典(学研 漢字源)によれば、「格」の字はもともと「つっかえて止まるかたい棒、引っかかる木」を意味する字だったそうな(そんな字、どんな文脈で使ったんでせうね)。そこから、「何らかの枠に囲まれて固められた状態」という基本イメージができ、次いで「縦横の平行線に区切られた四角形(およびその集まり)」というイメージに成長した....というような流れは日中共通だろう。 だが、その中の何にフォーカスするか、という点において微妙な違いがありそうだ。日本語では主に「区切っている平行線」を見ており、中国語ではどちらかと言うと「区切られた内容の部分」に目を向けているんじゃないだろうか。 だ と す れ ば 、ですよ。 この微妙な認識の違いが、「格」に関するその他の言葉にも影響していると考えられないだろうか。 さっさと結論しよう。同じ基本イメージを踏まえながらも、日本語の「格」は「区切る線」に視点を置いたので、そこからいつの間にか「ランク」という意味が強調され、「格差」の誕生につながった。一方中国語の「格」は「区切られたかたまり」にウエイトを置き、そこから「内容や内面に関する決まり」という意味合い(資質とか基準とか態度とか)が発達したりして、似た中に微妙な違いが生まれた----- と、僕は今のところ想像しているんだが、さてどうなんでしょう。考え過ぎでしょうかXD
by uedadaj
| 2007-06-21 19:20
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