IMPOSSIBLE IS NOTHING

PCの奥に、こんなものをしまいっぱなしにしていた。2年程前のadidasの広告コピー。



「不可能」とは、自らの力で世界を切り拓くことを放棄した、臆病者の言葉だ。
「不可能」とは、現状に甘んじるための言い訳にすぎない。
「不可能」とは、事実ですらなく、単なる先入観だ。
「不可能」とは、誰かに決めつけられることではない。
「不可能」とは、通過点だ。
「不可能」とは、可能性だ。
「不可能」なんて、ありえない。
IMPOSSIBLE IS NOTHING

最初に見かけたのは確か、渋谷駅正面のボード。従来のキャッチフレーズにあるまじき長さにたじろぐ一方で、いかにも翻訳調のような印象も受けた。案の定、程なく別の場所でオリジナルと思われる英語のコピーを見つけた。

IMPOSSIBLE IS JUST A BIG WORD THROWN AROUND BY SMALL MEN WHO FIND IT EASIER TO LIVE IN A WORLD THEY'VE BEEN GIVEN THAN TO EXPLORE THE POWER THEY HAVE TO CHANGE IT.
IMPOSSIBLE IS NOT A FACT. IT'S AN OPINION.
IMPOSSIBLE IS NOT A DECLARATION. IT'S A DARE.
IMPOSSIBLE IS POTENTIAL.
IMPOSSIBLE IS TEMPORARY.
IMPOSSIBLE IS NOTHING

僕は英語のプロではないので勝手な印象になるが、日本語版が少年漫画を思わせる勇敢かつ陶酔系の語り口であるのに対して、あまり演出がないというか、割と冷静に淡々と言いたいことを並べている感じがする。たとえば「IS NOT A FACT」と「事実で“すら”なく」は、肩の力の入り方がかなり違うでしょう(笑)。

ふと、日本とアメリカのスポーツジャーナリズムの違いについて聞いた話を思い出した。アメリカの「Sports Illustrated」と日本の「Number」では、記事の組み立て方や語り口が相当違うという。僕は実際のスポイラを読んでいないので、この話が正しいかどうかはわからないが、曰く、アメリカの記事は徹底したデータ検証から入り、理詰めで話を進めていく、らしい。たとえば「この選手はこれまで勝率○○で過去にこういう経験をしているから、こういう行動に出るのは当然だった」云々。

対して日本の記事は、選手の心理に対する洞察(もしくは憶測)を基に、心理ドラマのようにして話を進めていく。「この瞬間、彼の脳裏をかすめたのは5年前のあの日の記憶だったという」とか(笑)。実際にナンバーの記事を読み返してみると、まあそんな感じがしなくもない。これが本当だとすれば、アメリカと日本の文化性の違いが分かる気もする。

日本語と英語のテキストを見比べるうちに、「他の言葉ではどうなっているか」が気になった。さっそくadidasの各国サイトに行って広告をチェック。だが結果に少しがっかり。ヨーロッパの多くの国が、そのままの英語で済ませていたのだ。覚えている限りでは、フランスのサイトが自国語(さすが?笑)。その他南米あたりもスペイン語だったかもしれない。でもドイツまでが英語というのは、どうなんだ。

さて、漢字圏の両岸三地はそれぞれにadidasサイトを持っている。驚いたのは、それぞれが中国語で、別バージョンのコピーをつくっていたことだ。

【中國版】
“不可能”对于那些懒得靠自我力量去改变世界的小角色来说,只是他们安于现状的一个借口。
“不可能”绝非事实。而是观点。
“不可能”绝非誓言。而是挑战。
“不可能”是发掘潜能。
“不可能”绝非永远。
IMPOSSIBLE IS NOTHING.

【香港版】
不可能從來是弱者甘於平凡的一大籍口。不做、不試,不轉變世界,不管一切依舊。
不可能絕非事實,純屬意見。
不可能亦非宣言,而是挑戰。
不可能是發揮極限。
不可能將成過去。
IMPOSSIBLE IS NOTHING.

【台灣版】
「不可能」是沒膽的人最常用的字,以為說了就不干他的事,卻忘了他其實有能力去改變!
「不可能」絕非事實,只是個意念!
「不可能」不是嘴巴說說,是要你放膽去做!
「不可能」激發潛在鬥志!
「不可能」只是暫時!
IMPOSSIBLE IS NOTHING.
沒有不可能!

感心した。同じ言語に訳しても、これだけ違った結果になるものなんだなあ。
もちろん広告だから、正確第一で逐語訳したはずはなく、日本語版と同じく、当地の状況や社会の気分に合わせて演出を加えた結果なのだろう。

3つの文の気分の違いについて、正確に読みとる力がないのが悔しいところだ(中国語ネイティブの方、読み比べて感想をいただけませんか)。僕自身の何となくの印象で言うならば、中国版はかなり淡々とした語り口。香港版は冷静でありながらも言葉の端々にアクション映画やドラマめいた「カッコつけ」がある気がする。用語がすこおし固い、というか勇ましい印象があるし、「純屬」なんてテレビドラマの「本故事純屬虛構--この物語はフィクションです」を思わせる。台湾版が一番エモーショナルな感じ。いちいち「!」をつけるのがムリヤリっぽいが、気持ちはわかる(笑)。

実は、この3つについて、翻訳や編集を生業とする台湾の人に聞いてみたことがある。全体的にどのバージョンがどんな語り口、という答えは得られなかったが、それぞれのセンテンスについて解説をいただき、それはそれでとても勉強になった。

残念だったのは、どのバージョンも、最後のキメのフレーズ「IMPOSSIBLE IS NOTHING」をまともに訳してくれていなかったこと。いやあ、難しいのはよくわかる。日本語の「不可能なんて、ありえない」も、頑張ったんだろうけどちょっと苦しさを感じるし。
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by uedadaj | 2006-06-10 01:40 | | Comments(5)
Commented by why at 2006-06-18 19:49 x
もっぱらこれらを目にした時の自分の感想だけではあまり当てにならないかもしれませんが、一応ご参考までに。
中国語版はいわゆる正しい文章作法のお手本のような書き方です。文章としてはケチの付けようがありませんし、キャッチフレーズとしての説得力もあります。ただuedadaさんがおっしゃるように淡々とした語り口は見方によって平凡にとられることも出来なくはありませんね。
香港版は個人的にはちょっと歌詞チックに思えました。
台湾版ですが、かなり台湾独特の言い回しになっていませんか。大陸の人間から見ると、まどろっこしいというか、くどいというか、あまり簡潔な文章ではありませんね。「不可能」是絕非事實,只是個意念!あたりは僭越ながら、文法が違っているのではないかと、思ってしまうくらいです。もし大陸の学生さんがこういう文章を書いたら、練り直してきなさいと言われるかもしれませんね。まぁ、こういうところからでも大陸と台湾の隔たりが如実に現れているようですが。
Commented by why at 2006-06-18 19:59 x
あと、中国版も香港版も全体的に力量感がありますが、一行目だけ全体の雰囲気にしては多少冗長に思いました。原文の関係もあるので仕方ないことかもしれませんけれど。
香港版は他の二つと比べるとかなりくだけた文体で、どちらかと言えば口語体ですよね。それゆえか親しみやすさはありますが、文章としてやはり精彩に欠けるように思いました。
Commented by uedadaj at 2006-06-21 11:03
whyさん、お忙しいところありがとうございます。
というか、ある意味お待ちしておりました(笑)
香港版は歌詞チックでくだけていますか。なるほど。
甘於、亦非、將成など、あんまり頻繁に使わなそうな言葉があったので、
勇ましい感じを出しているのかな、と思っていました。
(俺が使わないだけかXD)
特に参考になったのは第一行です。
関係代名詞などを含んで複雑な入れ子構造になったこの種の長い文は、
母語だと結構ムリヤリにでも書いちまうんですが、
中国語だとどこでどう切ってつなげりゃいいの?という悩みが
常にありますので。
Commented by why at 2006-06-21 17:47 x
おっと、うっかりしてとんでもないミスを犯してしまいました。誠に申し訳ありません。
「香港版は他の二つと比べるとかなりくだけた文体で、どちらかと言えば口語体ですよね。それゆえか親しみやすさはありますが、文章としてやはり精彩に欠けるように思いました。」のところですが、これは「台湾版」の間違いです。許してくださいませ!!!
したがって、uedadaさんの香港バージョンに抱いていらしたイメージ、間違っていませんでした。
uedadaさんのコメントでミスに気づきました。何を考えているんだか。。。汗汗!!
Commented by uedadaj at 2006-06-23 17:45
なるほど。
口語体だから「!」が頻発しているのかな。
日本語の広告でも、あまり「!」が頻発すると少々食傷します^_^;

あ、それから、台湾版の
「不可能」是絕非事實,只是個意念! は
「是」が余計でした。私の写し間違いです。ごめんなさい!


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