繁體字 と 简体字

3月下旬のこと。台湾や中国のネット上を、ある情報が駆けめぐった。
国連が2008年から中国語の表記を簡体字のみにし、繁体字の使用を廃止する、という。



へ?じゃ今まで中国語だけ、2種類の文字で書類つくってたの?と国連のページを覗いてみたが、見る限りでは繁体字が使われている様子はない。日本語のサイトに載っているこの報道では、「中国応用言語学会会長、元中国国家言語委員会の陳章太副主任」が発表した、と出どころらしきことも書いてあるが、Google news日本版で検索できた関連の報道は、コレを含めて2件。Yahooニュースではヒットせず、つまり大手新聞社などがこれについて報じた形跡はなかった。

その後、繁体字を使っている「当事者」である台湾の外交部やニュースサイトが確認したところでは、もともと国連は1971年から簡体字だけしか使っておらず、どうやらこの報道はガセ、ということになりつつあるようだ。

だが、この情報が流れた後、台湾では少なからぬ反応が巻き起こったらしい。僕自身も台湾のウェブログで、廃止に講義する署名活動を呼びかけているのを見かけたし、台湾の教育部では、試験で簡体字を書いた場合、減点することも検討しているとか。一部では、繁体字を世界遺産に登録しようという意見まで出ているそうだ(おいおい、もう「遺産」にしちゃっていいのかよ)。だが一方で、既に常用されている500から1,000の簡体字を中学の教材として使うなどの動きもあるとか。

中国のメディアも多少は反応している。台湾の動きを報じてみたり、改めて簡体字の有利さを論じたり、台湾やアメリカの華人社会における簡体字の普及具合について伝えたり。でも相変わらず上記の「ニュース」を前提に論じている記事もあったりして、全体的に熱意はあまり見られない。まあ絶対優位の多数派だから一所懸命にならないのも当然か。

この辺のニュースを検索する中で、早々に行き当たったのがイギリスのBBC中文網。以前から簡体字と繁体字の問題を結構とりあげているようだが、一般の華人の意見を載せたページがあったので覗いてみた。

その辺の議論をかいつまんで言えば、簡体字派の主旨としては、○覚えやすく普及しやすい。○既に世界的に普及している。○繁体字の流れを汲んだ上でつくった字だからいいじゃないか、など。対する繁体字派は、●歴史的な価値が高い。●美的に優れている。●繁体字が廃止されたら歴史的な文物が簡単に読めなくなる。などがおおむねの主張。中道な人は、簡体字の普及は留めようがないが、繁体字も一応習わせるとか、何らかの形で残した方がいいんじゃ?という感じ。意外な展開はあまりないが、大体において激しているのは繁体字擁護派のようだ。その中で一つすごいのを見つけた。おおよその意味は以下のような感じ。

●繁体字の「華」は実に気高く詩的な形だが、簡体字の「华」は人がナイフ(匕首)を十字架に刺している物騒な形じゃないか。
●繁体字の「兒」はちゃんと頭と顔と足があるが、「儿」は足だけで頭がないな。
●我々が迎える「賓客」は身分の高い金持ちで、帽子(ウかんむり)の中には「不少貝」(たくさんの貝=カネ)を持っているが、簡体字の世界の「宾客」は軍帽をかぶった兵隊だ。そういや君らはいつもヤツらにひどい目に遭ってるな。
●僕らの「飛」はちゃんと翼が一対あって高く「升」れるが、「飞」の字は翼が一枚しかなく、しかも「升」の字もついていない。それでどうやって飛ぶんだ?

ひええ^_^;;; よくこれだけ観察したものだ。見事な文字遊戯と言っていいが、明らかに相手にケンカを売っている(笑)。誰か対岸の文字マニアが、広ーい心でこのケンカを買ったら面白いのに。

ところで僕は中学時代、漢和辞典を読むのが趣味というへんくつなヤツだった。その頃読みふけった辞典で繁体字(日本では旧字体と呼ばれる)の存在を知り、珍しい虫や外車の名前を覚える感覚で、一所懸命にその「難しい漢字」の知識をコレクションした。おかげで、繁体字でウェブログを始めるのにもさして抵抗はなかったし、今でもどちらかといえば繁体字のファンである。

時代は下って、簡体字を本格的に覚えたのは、中国語を勉強し始めた20代後半からだ。思ったのは、使い慣れると書くのは確かに早い。打ち合わせなどで素早くメモをとる必要がある場合、「億」を「亿」、「文書」を「文书」、「豊か」を「丰か」、「井の頭公園」を「井の头公园」と書けるとやはり効率的だし、「ため」もいっそ「为」と書いた方が画数が少なく楽だったりする。中国語を習っている社会人の中には、活用している(笑)人も多いのではないか。

繁簡論争の中でよく見かけるのが「繁体字の方が簡体字よりも美しい」という意見。なぜかコレに反対する人は、簡体字を使う人の中にもあまりいないようだ。僕も繁体字にアコガレていた頃はそう思っていたが、今や大した説得力はない気もする。今どきのグラフィックデザイナーなどは案外、シンプルな簡体字の方にモダニズムを感じたりするんじゃなかろうか(繁体字はさしずめバロックか)。

簡体字に切り換えたら繁体字の知識が失われてしまう、という考えにも余り賛成できない。たとえばヨーロッパの言語などの場合、数百年の間に単語の構成が相当変わっており、ある程度昔の文献は「解読」作業になる場合も少なくないようだ(よく知りませんけど-汗)。日本語もわざわざ「古典文法」を学ばなければならないほど言葉の構造が変化している。だが繁体字と簡体字は基本的に「1対1対応」である(たまに2対1、3対1もあるが)。今や変換ソフトもあるし、簡体字に切り換えたからといって古典文化と断絶することはあり得ないだろう。
※ちなみに中国の検索エンジンBaidu.comは、繁体字で入力しても自動的に簡体字に変換して検索してくれる。

ただ、簡体字が決定的に便利、というほどでもないと思う。多くの繁体字派の意見にもあるが、手で字を書くよりキーボードを叩く方が多い現在、一点一画をきっちり覚える意味は余りない。それに上で言ったとおり、簡体字と繁体字はほぼ規則的な対応関係だから、その気になって勉強すれば、お互いの字体を覚えるのもそんなに手間はかからないんじゃないの。

その上で、たとえば台湾が「メンドくさいから変えません。」という態度を貫くのも、まったくアリだと思う。半世紀前ならともかく、現在は一般人が学習に充分な時間と費用をかけられる時代。以前の中国のように、文盲率を下げるためにわざわざ簡単な字を普及させる理由はない。それだと中国との交流に差し障りが…というのであれば、繁体字を公式の文字として使いつつ、簡体字を習得して使い分けるのも、さして難しくないんじゃないかな。

まあ、同じ漢字圏とは言え、外国の文字制度に日本人の僕が口など出せないし、そもそも興味本位の独り言なのでどうでもいいんだが、ただ繁体字のサイトで、たまに繁体表記と簡体表記がとっちらかっている状態はやめてほしい。たとえば「髪」と「発」は簡体字で同じ「发」という字になるが、その逆変換で「頭髮」を「頭發」と書いてあると、学習上非常に困るのだ。XD
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by uedadaj | 2006-04-13 21:36 |


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