【2535】寵物的「人化」

(台湾《2535雜誌》2010年4月号掲載--掲載文は繁体中文)



<テーマ:ペット>
ペットの「ヒト化」


「マリ(mari)」は日本では女の子の名前だが、ウチでは娘の名前ではなく、猫の名前だ。

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この写真は、ウチの猫を近所の動物病院に連れて行った時にもらった診察券。
飼い猫なのに「上田マリ さま」。このカードをもらうまで、ウチの猫に名字があるとは考えたことがなかった。


さらに「さま(漢字で"様")」というのは人に対する一般的な敬称で、商店や企業などがお客さんに対してほぼ例外なくつける言葉だ。確かにサービスを受ける直接のお客さんはこの猫だが、金を払っている僕を完全にスルーして、猫を人扱いしているわけだ。

そう言えば、このカードをもらった日、看護婦さんが最初に聞いてきたのは「雄ですか、雌ですか」...ではなく、「男の子ですか、女の子ですか」だった。多分ここだけではなく、今どきの動物病院はどこでもそうなんだと思う。

一般人の場合でも、知り合い同士で飼い犬、飼い猫の話をする時などには、「オスメス」という言い方は少数派で、「男の子、女の子」がデフォルトになっている。その他、たとえば年賀状を書く場合、家族ぐるみの付き合いをしている人や親戚に対しては、宛名に家族全員の名前を列記することも少なくないが、夫、妻、息子、娘の名前に並べてペットの名前を書いてくる人もいる(しかも「様」付で)。

「ペットは家族の一員」という言い方がよくある。これは動物愛護運動やペット関連企業の広告においてかなり前から浸透している基本ロジックだが、現在では完全に、一般論としてまかり通っている。飼っているペットを「ウチの娘」とかいうレトリックもよく聞くが、本気で言っている人も多分いるだろう。

だからといって、日本の社会全体がそういう考え方になっているわけではない。こんな状況に賛同できないながらも、口には出さずに苦笑している人々も、少なからずいるはずなのだ。ただ、人に向かってはその苦笑を見せず、彼らのペットを「男の子ですか、女の子ですか」と聞いている人も多いと思う。迂闊に「オスメス」という言い方をしてしまったら、相手を怒らせて人間関係に影響するかもしれないからだ。

もちろんこれも単なる「おそれ」であって、相手がそんなタイプの人であるとは限らない。だが今の世の中、相手がペットに関してどんな意識を持っているか、といった細かいことまで知った上での付き合いは、多くない。しかも、こちらの想像や世間の常識を超えるタイプの人と付き合うことになる可能性もある。つまり、「ペットの人扱い」話法は、商売や人付き合いに際して一種のガードレールになっているとも言える。

ただ行政だけは、こんな人々の神経を逆撫でするほどにクールだ。多くの自治体では、ペットが死んだら「ゴミ」として回収しているそうだ。調べてみたら、どこかの市では、ペットの死体をまとめてどこかの寺に持っていって供養するサービスもしているそうだが、その際の回収先もリサイクルセンターだった。

もっともペット市場では、そんな行政への不満をちゃんと汲み取って、ペットの葬式屋や火葬サービス、果てはペットと飼い主が一緒に入れる墓地、なんて言う商売も続々登場中なわけだが。

(中文版はこちら)
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by uedadaj | 2010-06-03 19:16 | 散歩


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