渋 と 渉

渋谷駅の近くに、こんな看板を掲げた店がある。
中国食品 渉谷店



日本の文字と繁体字、簡体字が混在する所には、表記の混乱が珍しくない。昔、HMVのアジアポップスコーナーでテレサテン(鄧麗君)の中国版CDを見かけ、ひょいと裏の曲目リストを見てみると「作曲:南ニラせフ」とあり、それだけで気に入っちゃって、真剣に購入を考えたことがある。この「涉谷」もたぶん今では有名な例だろう。僕の中国語BLOGである東京碎片にも「涉谷109ってどうのこうの」と書き込みをした人がいて、僕は苦笑しながら「違うんですよ」と説明したことがある。

だがこの「涉谷」、どうも普通の誤字とは少々趣が違う。かなり確信をもって使っているような印象を受けるのだ。

台湾などの街角にも、こんな表記はけっこう当たり前にあるようだ。日本観光関連のサイトにも、堂々とそう書いてあったりする。さらには、Twinsという台湾の女性デュオの曲に「涉谷車站見」というのがあるらしい。このCDを持っていないので残念ながら正式タイトルを確認できないが、この中華ポップス通販サイトほか、たくさんのサイトの表記がこうなっている。…この分だと、SHIBUYAは「涉谷」だと信じている人がかなりいそうだ。
※とかいろいろ書いてますが、所詮は東京の机の上で調べたことなので、実際どうなのかはよくわかりません。現地の状況をご存知の方や「涉谷車站見」のジャケットをご覧になった方、実状を教えてくださいませんか。

ここで確認してみる。

「渋」の字は「澁」を略してできた漢字。中台港ほか中華圏では使われず、中国語の文字コードにも入っていない…と思う(自信はないです)
なら日本以外ではどうなっているのかと言えば…。
繁体字では 「澀」(日本でも旧字体の一つとして使われていた)
簡体字では 「涩」という字である。

簡体字のつくりが、繁体字のきっちり半分になっているのが潔い。「絲」を略して「糸」にしたようなわかりやすさである。だがこの2つの字が「渋」と同字とは到底思えない。たとえば、日本に旅行する人が旅行ガイドなどで、東京には「澀谷」というおしゃれな街がある、と予習しても、いざ日本に来てみれば「渋谷」としか書いてない。混乱は避けられまい。ならば形のよく似た「涉」で代用しようという発信側の気持ちもわかる。正確な表記ではないが、その方が的確に観光客を導けるにちがいない。

実際、「涉谷」の浸透度はどのくらいなんだろう。想像ばかりしていないで、ネット上でヒット数を比べてみる。

(台湾yahoo):「澀谷」386,300件、「涉谷」353,000件。
(中国baidu): 「涩谷」127,000件、「涉谷」135,000件。(いずれも2006年3月13日調べ)

予想以上だった。パブリックなサイトか個人サイトかの内訳は調べようがないが、ヒット数で見る限り「涉谷」は正しい表記と互角の勢いがある。

ところで、日本と中華圏で字形にこれほどの違いが生まれたのはなぜなのか。中華バージョンでこだわっている「刃」と「止」の組み合わせは、一体どういうことなんだろう。手持ちの電子辞書で調べてみた。それによると、最も古い形は「澁」ではなく「澀」らしい。

会意兼形声。止は、足の形。澀の右側は「下向きの足二つ+上無垢の足二つ」の会意文字で、足がうまく進まず停止することを示す。(学研「漢字源」新版/「渋」の項)

何と明快な説明。この字の「刃」はヤイバでもなんでもなく、「止」をひっくり返した形だとは。細かく言えば、刃の「丶」は「ノ」と交わらず、左側に添えてある。unicodeでは表示できないようなので「刃」で済ますが、本来の形なら「止」の逆さまにもっと近い。さらに、説明は続く。

澁は澀の止(足)一つを省略した字。常用漢字はさらにそれを略した。(同上)

「足一つを略した」と軽く書いてあるが、この時ちょっとした事件が起きた。「上向きの足=止」の行く手を妨げるハズの「下向きの足=刃」がひっくり返り、すべての足が同じ向きになってしまったのだ。

なぜかはわからない。「どっち向こうが足に変わりはねえだろ!」というアバウト思想か、それとも仲間を一人失った「刃」が、多勢に無勢と弱気になったのか。ともかく、「しぶる」という字の意味上最も大切な「逆向きの力がぶつかって滞る」イメージが、「澁」とその略体である「渋」では消え失せているのである。

まあ「渋」の字は、なにか渋いモノを口にして顔を顰めた様子に見えないこともなく、「澁」の字は「止まる」という字が3つも入っていかにも進みにくそうだから、それなりに「しぶる」の意味を表現できているような気もする。だがそれでも、正統派の「澀」とその血筋を濃く受け継いだ「涩」から見れば、どこのウマのホネだ?と言いたいところだろう。

ここで「涉」の字を見てみる。「步」の部分は、「止」が右足、「少」が左足を表すという。一人の人物が左右の足を交互に踏み出して前に進む、昔懐かしいHANG TENのマークのようなイメージをそのまま漢字にしたものらしい。

「渋」は上向きに進む足3つ。「涉」も同じく上向きに進む左右の足。意味は違うが進む道は一緒。ついでに言えば「渋」はse4、「涉」はshe4。中国のある地域とか台湾あたりでは、意外と近い発音になるのかも知れない。本家の座を明け渡すわけにはいかないが、中華方面の分家を任せる程度なら養子に迎えても良い、くらいの関係ではあるまいか。

ずいぶんムダ話をしたが、そもそも、こんな所でどちらの字がふさわしいなどと言ったところで仕方がない。この先の状況次第で、都合の良い方が生き残るだけだろう(誰にとって都合がいいかは、いろいろ)。でも、個人レベルの国際交流あってこそ生まれた表記のズレ、今後どうなるかちょっと気にしていくのも、面白いじゃないか。
[PR]
by uedadaj | 2006-03-17 00:25 |


<< 可樂餅 烏龍麺 >>