屈託のないご意見をお聞かせください

という言葉を最初に見かけたのは、7、8年前、知り合いのホームページだった。



最初はギャグかと思ったが、前後はいたって真面目な文章。画面を見ながら、教えてあげるかどうか、しばらく迷った。が、会って話したりメールを出すほどの間柄ではないので、結局ほっといた。それよりも、この言い回し自体に興味がわき、試しに"屈託のないご意見"でyahoo検索してみた。

ヒット数2件。当時としては珍しかったようだ。

何年か経ってから、その人のページを訪ねてみた。以前のままの形で続いていたが、上記の言い回しは消えていた。誰かが指摘したんだろうか。別に気にしていたわけじゃないが、少しほっとした。だが、再びネット検索してみると、使用例は50件あまりに増えていた。

そしてまた数年後。今回、コレを書くために調べてみたら679件。今回はgoogleだし、ネット検索自体の性能も上がったのだろうけど、増えているのは間違いないだろう。

最初は、ウェブログなど個人サイトが増えたせいかと思った。だが679件の中には、企業、団体のサイトが意外と多い。医院、ネットショップ、NGO、それから大学や自治体のページも^_^; つまり、団体の名においてホームページ係の個人が書き、校正なしで公開しているのだろうか。

口頭で話す場合には、聞いている人が気づき、その場で指摘したり後で教えるなどして落着する場合も多いだろう。だが、ネットの場合はそうした「知るは一時の恥」をかきにくい。行きずりのサイトで見つけた知らない人の文章が少しぐらい変だからといって、わざわざ指摘する人がどれほどいるだろうか。ほとんどは僕と同様、気づいてもほっとくでしょ。本筋に関わりない些末な部分であればあるほど、そうして温存されていくに違いない。

それに、「屈託のないご意見」の場合、つい温存したくなる気持ちも働く。意味が解釈できなくはないからだ。たとえば、
「かっこいいですねー」とか
「えー、それってやだ」とか
「で、どっちが悪いの」とか、
いろんな「屈託のないご意見」が考えられるじゃないですかXD つまりは、面白いからほっといた、ほっとくうちに広がった。そんな事情によるのかも知れない。だが広まり過ぎると、本来の「忌憚のないご意見」の認知度が下がり、通じなくなったりして(笑…ってる場合じゃないか


似たような言葉のリミックスということで、もう一つ例を挙げると、僕の勤め先の社長は「ケンケンガクガク」という言い方が許せないのだそうだ。元々コピーライターだから、言葉にはうるさい。「正しい言い方はカンカンガクガク(侃々諤々)か、ケンケンゴウゴウ(喧々囂々)であって、喧々諤々じゃない」飲んでいて言葉の話題になると、決まってこの話が出た。

広辞苑第五版にはこう載っている。
  侃侃諤諤:剛直で言を曲げないこと。遠慮することなく論議すること。
  喧喧囂囂:たくさんの人が口々にやかましく騒ぎ立てるさま。

---要するに「話し合いをしているか、いないか」の違いらしい。

だが、この例では既に「正しくない」ほうがポピュラーのようだ。試しに検索してみた。
 侃侃諤諤:50,300件 侃々諤々:62,000件  計:112,300件。
 喧喧囂囂:13,100件 喧々囂々:41,800件  計: 54,900件。
 喧喧諤諤:35,100件 喧々諤々:111,000件  計:146,100件。
本家、かなり旗色が悪い。

実を言うと、上記の広辞苑には「喧々諤々」もちゃんと掲載されている。
(喧喧囂囂と侃侃諤諤が混交してできた語)
 多くの人がいろいろな意見を出し、収拾がつかない程に騒がしいさま。

なるほど、うまい具合に、二つの本家が歩み寄って握手したような意味になっているではないか。それに、伝統的な「侃々諤々」より新参の「喧々諤々」のほうが、現代の議論のあり方をよく表しているのかも、とも思う。遠慮のない議論よりも、騒がしく収拾のつかない議論。何やら「忌憚のない意見」と「屈託のない意見」の関係にも通じる?


ついでに。この手の言葉で、個人的に名作と思うのは、家内が言い放った「弘法、猿も流れる」だ。同義の諺3つのエッセンスを満遍なく活かす、絶妙なブレンド。意味は通らなくても、何を言っているかわかるでしょ。
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by uedadaj | 2006-03-10 17:00 |


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